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まぁ言うまでもありません。
最近の更新率は酷いもの。 しかしこの時期であれば本来そうあるべきなのでしょう。 俺としては寧ろこの決断をできるようになったことを喜びたいです。 前は受験に対するモチベーションはかなり低く、更新も普通にやっていけばいいかなと思っていました。 でも、やはりそれではPCを点けるたびに何かしたりと時間を取られることにも繋がるでしょうし、 そもそも記事の内容を考える時間さえ無駄にはしたくありません。 そう思えるようになりました。 だって、大学うかりたいもの。 ここをいつも覗いていてくださった方、本当にありがとうございました。 また来年の2月頃、受験が終了したら更新を再開するつもりです。 つまらない日記ですが、よろしければまた見てやってください。 それでは、これをもって野生に帰るチャンスを一時更新停止とさせていただきます。 |
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調べたアルヨ!
中国人がよく喋ってるイメージの「〜アルヨ」と言う喋り方について。 実際にはこんな喋り方しないはずなのに、何でこういうイメージなの?ということで。 意外と説がややっこしくて調べづらいのね。 まず1番2番に入ってくるのが「横浜ダイアレクト」と「協和語」と言う言葉。 横浜ダイアレクト…開港した頃、横浜の居留地で使われていたピジン言語。 ピジン言語…貿易商人など外部の人間と現地人との間に於いて異言語間の意思疎通のために自然に作られた混成語。 協和語…満州国の建国初期に用いられた簡易的な日本語。日本人が作った。 結果から言うと横浜ダイアレクトがルーツで、協和語は無関係(?) (?)というのは横浜ダイアレクト→協和語→アルヨ言葉の可能性も否定はできないから。 しかし日本人が中国に広めた協和語は「アルヨ」とはかけ離れたものだったので違う可能性が高い。 wikipedia「協和語」の項目に載っている用例は寧ろ横浜ダイアレクトの用例。 協和語の例はこんな感じらしい。 コンニャクを注文する際。 「ニーデ、トーフト、イーヤンデ、ショーショー、カタイカタイ、メーユー?」 「あなたの豆腐と同じようなもので、少し堅いようなものはないですか」 これが中国で自立して「〜アルヨ」にならない限り協和語はルーツとは言えません。 対して横浜ダイアレクトは「〜アルヨ」などなど。 南京訛の日本語がどうとかもありますがややこしくなりそうなのでスルーします。 とりあえずこれがルーツと考えるべきでしょう。 しかしこれ、居留地で使われていたので勿論アメリカ人やアフリカ人もこのような喋り方になります。 それが何故、=中国人 と定着したのかに関して。 見つけたのは一応3説。 1922年、宝塚歌劇「邯鄲」の説。詳細は知らん。 1932,8年、「のらくろ」で中国人と思われる軍がアルヨ言葉を使っていたからという説。 1963年頃、ゼンジー北京という手品師が中国料理店の店員の喋り口調を真似て 「ハイ! ワタシ中国ハ広島のウマレアルヨ!」など言っていたからという説。 しかし「のらくろ」〜「ゼンジー北京」の間は何十年も空いているんですよね。 つまりゼンジー北京説が強くある以上、ゼンジー前には定着していなかったことが認められているからでしょう。 まとめ。 横浜ダイアレクトの残る中国人をゼンジー北京が真似して広めた。 これが正確な考え方かどうかはわからんが、それなりに調べた話を総合するとこんな感じ。 参考。 協和語 <アルヨことば>その後 ゼンジー北京 【アルヨ】協和語について語る【アルネ】 |
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・・・Σ(゜Д゜)ハッ
斬鉄剣って、 何で斬鉄刀って言わないんだろう・・(゜д゜)? (wikipedia参照) ・斬鉄剣…鉄を切断することができる刀剣のこと。 ・刀剣…一般的には剣は両刃のものを指し、刀は片刃のものを指す。 つまり、刀であろうが剣であろうが鉄が斬れれば「斬鉄剣」の名が冠されるわけですかね? ルパンで言う斬鉄剣といえば、石川五ェ門の使っているやつですが。 あれは雄刀と雌刀しかないようなので、寧ろ固有名詞として考える方が良さそうです。 ちなみに、設定では唯一斬れないものがコンニャクとされていますが、 実際には他にも斬れていないものが多々あるようです。 詳細→石川五ェ門 (ルパン三世) wiki |



